行商のおばあちゃんに学ぶビジネスの基本
2009-05-18


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しかし流通網の発達と行商人の減少にあわせて専用車は段階的に縮小される。国鉄は民営化前に廃止。京成も九八年から現在の一両を残すだけとなった。

 この日の専用車には京成佐倉駅や京成臼井駅などから十八人の行商人が乗り込んだ。曜日や季節によってばらつきがあり、少ないときは数人にとどまる。大半は七十代か八十代のおばあちゃん。兼業農家もいれば、嶋田さんのように行商専門の人もいる。

 専用車の旅はおよそ一時間半。車内でも商品の仕入れや交換をする。江戸川を渡って都内に入ると、彼女たちは青砥や町屋などそれぞれの持ち場の駅で降りていく。行商といっても現在は駅近くで露店をする人が多数派。だが、「背中が曲がったんで荷物が肩に食い込まなくなったよ」と笑う八十七歳の女性は今でもカゴを背負って売り歩いている。

 嶋田さんは日暮里で専用車を降りた。ここでJR山手線に乗り換えて池袋へ。さらに東上線に乗り継ぐ。「今はエレベーターができて乗り換えが楽だよ」。日暮里からは荷物運びを手伝う男性が一人付く。上板橋に着いたのは十時半すぎ。自宅を出発して四時間以上がたっていた。

 駅南口の商店街に入ると、ほど近い小さなビルの軒先が嶋田さんの定位置だ。荷を解き始めると、すぐに常連客が十人近く集まってきた。

 「今日はタケノコある?」「赤飯を三つちょうだい」「おばちゃん、イワシの酢漬け持ってきてくれた?」。商品を並べる前から、お目当ての品を求める声が続く。

 三十種類あまりある商品に値札はない。客は「おばちゃん、これいくら?」と必ず尋ねる。嶋田さんは「トマトは六百円。出始めたばかりだから。甘くておいしいよ」と一言添える。五十年来の常連客という大野浜吉さん(85)は「(嶋田さんは)素朴で人柄がいいんだ。話ができるのが楽しい」と言う。

 フルーツトマトを三袋購入した中山貞花さん(61)は「すぐに売り切れるから、いつも朝に来るの。スーパーより値段は高いけど、新鮮でおいしいから」と楽しそう。大手スーパーが自宅に近いという大森信子さん(71)もホウレンソウやワケネギ、赤飯などを購入。「新鮮だし、おばちゃんから元気をもらえるのがいいのよ」とほほ笑む。

 行商に今どきのトレーサビリティー(生産履歴の管理)といった高度なシステムはない。しかしスーパーの売り場に張り出された生産者の顔写真を見るよりも、嶋田さんから直接購入するほうが安心できるのだろう。価格はスーパーなどに比べて高いのは間違いないが、子供連れの若い女性も少なくない。

 嶋田さんが店の後片づけをするのは午後五時ごろ。帰宅は八時近くになる。雨の日も風の日も休まない行商は厳しい仕事だ。三年前にはひざを痛めて一年間休んだが、手術とリハビリ後に復帰した。

 「家にいるよりも東京に出てきて、お客さんと話をするのが楽しいの」と嶋田さんは軽やかに言う。後継者はいない。そのことを嘆いて感傷にひたるより、「昭和の東京」がまだ残っていることに感謝すべきなのだろう。[松永高幸]

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